「海の町」から「森と山と海の町」へ
気仙沼地域エネルギー開発株式会社 | 高橋正樹社長 水産業中心の気仙沼で、地域の間伐材を活用した木質バイオマス発電事業によって復興を促進させようというプロジェクトが胎動中。当財団は、この事業を推進する気仙沼地域エネルギー開発に出資しています。 地域通貨で発電用木材を収集するユニークな試みの中心人物の高橋社長は、地元石油関連会社の経営者でもあります。再生エネルギー事業へ挑戦する意気込みを伺いました。
「皆の希望をつなぎたかった」
「気仙沼の希望をつなぐためのエネルギーを、とにかく何とかしたかったのです」
こう語るのは気仙沼地域エネルギー開発の高橋正樹社長だ。高橋はガソリンスタンドを地元中心に18店展開し、90年余りの歴史を有する気仙沼商会の社長でもある。彼は東日本大震災の翌日には給油活動を再開させた気骨の男だ。
「震災当日は社員との面談のため、差し入れのアンパン20個を持って、気仙沼の鹿折地区のガソリンスタンドを訪れていました。尋常でない揺れに、直ちに山に逃げるよう指示しました」
隣接する整備工場では、車検整備中の自動車が4台、リフトで頭上にあげられていた。タイヤが外されてあげられていたため迷いはあったが救出を断念、高橋の迅速な決断によって全員が助かったのだった。
自分も車で避難。車で逃げ惑う人たちによって渋滞していたため途中で車を乗り捨て、歩いて帰宅した。家族の安否を確認し、役所のある近くの高台に避難した。間もなく役所の下の通りでは、クラクションの音があちこちで鳴り響き始めたかと思うと、何台も水に浮かぶのが見えた。わが目を疑う光景だった。
高橋は状況を、20代の修業時代に上司だった昭和シェル石油の亀岡常務(現副社長)に携帯メールでレポートした。
夜に避難した小中学校では、暖を取る手段がロウソクしかないほど混沌としていた。津波によって、稼働可能なガソリンスタンドは2店しか残っていないことは予想出来たが、高橋は諦めなかった。一夜明けると、2店のうちの1店へ向かった。
「停電していたので、当初は計量機の付属ポンプを手で回し、地下タンクから給油した。1リッター給油するのに20回転させる必要があった」
初日は、一般車両を対象に1台10リッター限定で給油。やがて東京消防庁や愛知県警から大量給油の要請が市役所を通じてきた。高橋は夜8時過ぎに市役所内の災害対策本部へ駆け込むと、副市長に「油の件で」と断り、衛星電話を借りた。昭和シェル石油の亀岡常務とつながり、高橋はこの時初めて東京でも物資が不足し始めるなど、大変なことになっていることを知った。阪神・淡路大震災を経験した常務は、対策マニュアルを準備していてくれて、1日に3回、定時連絡を入れるよう命ぜられ、タンクローリーを手配してもらえた。3日後には香藤会長がわざわざ電話に出てくれたが、「高橋君……」と言ったまま絶句してしまった。遠い地で自分の身を案じ、電話口で泣いてくれる人がいることに安心感を抱き、勇気が湧いたという。
「気仙沼の産業をとにかく早く復旧し、皆の希望をつなぎたかった」
「地域の活性化のためにも成功させたい」
求められて市の震災復興市民委員会にも参加。市の復興計画の一つの柱である「再生エネルギーの導入」を知る。事業調査の段階で気仙沼の全戸にアンケートをとったが、漁業中心の気仙沼でも林業に関心を持っている人が少なからずいる結果が出た。もともとスローフード協会の一員で、「森と海の町」をつくるため、持続可能な社会の実現を目指していた高橋は、再生エネルギー導入の実現に向け、昨年2月、気仙沼地域エネルギー開発を起業した。
これまで活用されなかった地元の間伐材を木製チップに加工。そのための敷地も取得した。
「木材を乾燥させるだけでも2ヘクタールが必要。皆が高台に移転したい中、土地探しには苦労したが、ようやく協力者が見つかった」
漁業中心の気仙沼では、山を保有していてもずっと入っていないという人が少なくない。山林所有者を対象に研修会も開始。「捨てられていたものが、エネルギーになり、森林の環境改善にもつながる」と多くの賛同の声が上がっている。未利用森林資源を活用していく活動の一環で、木質バイオマスエネルギーの燃料材としての間伐材ならびに未利用材の搬出・買い取り事業を昨年12月から開始。着々と燃料材が集まり始めている。
新設する木質バイオマス専用の発電プラントの発電規模は800キロワット。電気は固定買い取り制度を活用して売電する。年間を通して稼働させると、一般家庭1,760世帯分に相当する電力を供給可能。将来的には災害時のエネルギーとしての活用も目指す。1時間当たり851メガカロリーの発電時の廃熱は、地元ホテルに販売し、温泉の湯沸しや空調などに活用される循環型事業だ。
「欧州製の発電プラント購入には気仙沼信用金庫と、三菱商事復興支援財団のご理解、ご支援を頂きました。間伐材購入には、市内の店舗でのみ使用できる地域通貨『リネリア』で半額を支払うので、地域経済を持続的に発展させる仕組みにもなっています」
7月、安全祈願祭を実施。行政の担当者や工事関係者ら約60名が参加した。高橋は、「森林のエネルギーを復興のエネルギーに変えようと、この事業は始まった。木材収集やプラント運営など課題はあるが、必ず成功させるという強い思いで進んでいきたい」と決意を語った。気仙沼市の菅原市長は、「再生可能エネルギーは市の復興計画の柱の一つであり、この事業はそれを実践するプロジェクト。チャレンジングな取り組みであり、市民の期待も大きい」と祝辞を述べた。発電は来年3月開始予定だ。
「高校、大学、新卒社会人時代を東京で過ごしたが、都会の淡々とした寂しげな葬式を見た時、地元に帰りたいと思った。以来、自分の生きた証を示したいとずっと考え、地域のために行動してきた。ガスエンジンによるバイオマス発電が稼働すれば、日本初となる。地域の活性化のためにも成功させたい」
(敬称略)