復興支援助成金

被災地で自伐林業家を育てる
土佐の森・救援隊

Focus48

当財団は、被災地の復旧・復興支援活動を行うNPOや社会福祉協議会などへの助成金制度を実施しています。助成先の一つ、「土佐の森・救援隊」の中嶋健造理事長に、活動を始めたきっかけやこれまでの活動内容、今後の抱負などについて聞きました。

東日本大震災の被災地・被災者への復興支援活動を開始した理由、きっかけを教えてください。

土佐の森・救援隊は、放置林の整備、森林環境保全に関する事業を行い、森林愛護や自然保護の啓発に貢献し、公益の増進に寄与することを目的に2007年に設立された団体です。
かつては当たり前だった「自分の山は自分で管理する」「自分一人でできなければ、地域のコミュニティで助け合う」ということを現代に取り戻し、自伐林業を復活、再生させることにより、日本の林業および山村の再生に貢献する活動を展開することを目指しています。
震災翌日、当団体主催で薪活用フォーラムを開催する予定で、講師に岩手県の「薪割リスト」である深澤光さんを呼んでいました。深澤さんは高知へ移動するため、震災当日東北新幹線で移動中に福島で被災しました。深澤さんはその直後から岩手県大槌町に入り、薪を活用した支援を展開。その際に私たちにも要請があり、2011年3月末から被災地支援を始めました。

これまでどんな活動をされてきたのですか。

大槌町吉里吉里地区の風呂のない避難所で、薪風呂をつくるボランティアから開始しました。その後、同地区で仕事を失った被災者に林業研修を始め、それまであまり活用されていなかった山林での自伐林業(自ら林業経営や作業を行い収入にしていく林業)による仕事づくりを支援しました。これは「土佐の森方式」と呼んでいるもので、自伐林業による森林整備を行いながら、建築用材やバイオマス材の出荷に発展させていくための技術研修会を実施します。この現場活動を核にしながら、地域経済に貢献するために出荷材の対価の一部として地域通貨の発行を提案したり、出荷材をよりシンプルな薪や木質バイオマスへと推進しながら、地域ぐるみの林地残材収集運搬システムを構築していこうとするものです。
1年目の活動では、震災後に地元で設立されたNPO法人吉里吉里国で研修を実施し、集落営林型自伐林業の確立を目指しました。大槌町全体の仕組みとして地域材収集体制を築き、町民であれば誰でも参画でき、副業としても収入を得られるように展開中です。これが一定の成果を上げ、他の被災地にも情報が伝わったことで、2012年には宮城県の気仙沼市や登米市、2013年には石巻市でも同じ取り組みを始めました。特に気仙沼では、三菱商事復興支援財団の産業復興・雇用創出支援案件である「気仙沼地域エネルギー開発の木質バイオマス発電事業」との協働を進めた結果、地域材の収集システムが稼働し、予想を超える成果を上げました。すでに100人近くが出荷により収入を得始め、その中から10数人が林業を主業にし始めています。

今後の活動予定や抱負を聞かせてください。自分たちの活動を通じて、被災地や被災者へ、どんな“希望”を与えたいとお考えですか。

これまでの日本の林業は、山林所有者や地域は自ら林業を実施せず、他者(森林組合や民間事業体)に委託する他者任せ(委託)林業が主流となっています。故に農山漁村地域では林業という仕事が消え去り、森林の放置につながりました。また委託型林業には多くの問題点があることがわかってきました。委託費(伐採費)を払うと主伐後の再造林費を捻出できず、林業の持続性が喪失する。また請け負う側が生産性を上げるため大規模施業化し、その負荷から森林環境破壊を誘発させています。このように地域就業(雇用)を奪い、森林経営の持続性を失い、環境破壊も誘発するという問題が表面化しています。
我々が取り組んでいる自伐林業・自伐型林業はこの現行林業の問題点を解決できる手法です。現に、大槌町ではわずか2年で被災者が自伐林業で自立し、気仙沼では100人近い地域住民が収入の場を得、10数人が自伐林業を主業にし始めています。NPO吉里吉里国は、長伐期施業に持っていき次世代へも引き継ぐと決意しています。また気仙沼は「森は海の恋人」発祥の地、海を育む森づくりは自伐林業にあり、と自信を深めています。このように自伐林業は地域就業を増やし、持続可能な環境共生型林業を展開し、次世代へも引き継ぎ、海をも育む画期的な林業であることを証明する展開が始まっています。
被災地では石巻市北上町や陸前高田市での支援も始まっています。「土佐の森方式」を被災地から全国の農山漁村地域に広げ、日本の森を元気にしていきたいと思っています。

特定非営利活動法人 土佐の森・救援隊

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