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復興支援助成金
支援から、
いっしょにできる作業へ
ピースボート災害ボランティアセンター
当財団は、被災地の復旧・復興支援活動を行うNPOや社会福祉協議会などへの助成金制度を実施しています。助成先の一つ、「ピースボート災害ボランティアセンター」の山元崇央さんに、活動を始めたきっかけやこれまでの活動内容、今後の抱負などについて聞きました。
東日本大震災の被災地・被災者への復興活動を開始した理由、きっかけを教えてください。
ピースボートは、阪神・淡路大震災から災害支援の活動を始めました。東日本大震災は規模も大きく、長期的に対応していく必要性から、別法人の『ピースボート災害ボランティアセンター』を立ち上げました。震災当時、私自身は東京にいて、ピースボートが展開する地球一周船旅の寄港地プログラムの企画を担当し、4日後のサウジアラビアへの出発に向けて準備をしていました。外国の友人や知人から安否を心配して多くの連絡があり、また海外で報道されている津波被害や原発事故の話も聞きました。阪神淡路大震災の時には受験勉強の最中で何もできず、次に大きな災害が起きたら何かしたいという思いがありましたが結局調整がつかず、予定通りサウジアラビアへ行き、帰国後に次のインドに行くまでに空いた5日間を使って石巻の現状を見にきました。私自身が本格的に石巻の活動に参加したのは2012年6月からでした。
これまでどんな活動をされてきたのですか。
ピースボート災害ボランティアセンターが発災以降、緊急支援期から復旧支援期において行ってきたことは地域が抱えている課題やニーズを拾い上げ、そのニーズに応じてボランティアを派遣し、対応していく活動でした。瓦礫処理や泥かき、炊き出し、物資の配布、避難所や仮設住宅での寄り添い、見守りなどです。当時は石巻に集まった数多くのNPOなどで協議会をつくり、行政や自衛隊などと連携しながら役割分担をしていました。
私が石巻に入った2012年の6月ごろは、復旧期から復興期へとフェーズが変っていく頃でした。震災前から、高齢化、過疎といった課題を抱えており、震災前に戻すだけでは、元々の課題は解決されない。これらの課題解決にもいっしょに取り組まなければ、地域の復興は成り立たないと感じました。
そこで、ボランティアと支援を受ける方々との関係も見直すことにしました。一方的な支援から、いっしょにできる作業を考えることにしたのです。ピースボートの船旅では、世界各地を回り、人々との交流を通じて、現地の困難な課題を自分のことと捉えて何ができるかを考えてもらうことが一つの目的です。被災地でも、同じように人と人との交流を通じて、長期的な関係を築くことができるプログラムを企画したいと考えていました。そこで、漁業支援ボランティアと漁村での生活体験を組み合わせ、互いに負担を共有しながら双方にメリットがあるプログラムを企画しました。7日以上漁村で漁師たちと寝食を共にし、漁業のお手伝いをしながら漁村の一員となることを体験する『イマ、ココ プロジェクト。』です。
元々外から人が入ることが少ない地域では、当初ボランティアを食事を提供しながら泊まり込みで受け入れることにもいろいろな声があったのですが、時間をかけて話し合いを持つことで徐々に主旨を理解し、受け入れてもらえるようになりました。ボランティア参加者からも、漁師からも運営費を頂き、長期的に事業を継続できる仕組みをつくりました。本来なら漁師の家に泊まるのが理想なのですが、仮設住宅に住んでいたりする現状では、宿泊先一つとっても課題は山積していました。ただ、そうした課題は単に障害ではなく、一つ一つ受け入れ先の漁師といっしょに解決していくことで、お互いの信頼関係が深まっていきました。
ご苦労されたのはどんな点ですか。被災者の言葉など、印象に残っていることは?
2012年2月から本格的に始まった『イマ、ココ プロジェクト。』の参加者は、現在延べ350名以上。当初は地域ごとに異なるそれぞれの状況に合わせながら将来を見据えることのできるプロジェクトの枠組みをつくっていくことに苦労しました。最近は、過去参加ボランティアが、地域を第2の故郷のように考え、お世話になった漁師を訪ねて遊びに来ることも増えてきました。ここからさらに参加ボランティア数を増やしていきながら、いかに地域に定着させていけるのかがこれからの課題です。
プロジェクトが始まった当初は「これからはボランティアに頼らず、自分たちの力でやらなければいけないんだ」と言っていた漁師が、プロジェクトの様子を見て「自分も参加してみようか」と理解を示してくれたり、すでにプロジェクトに受け入れ先として参加している漁師が、新規受け入れ先として別の漁師を紹介してくれることも増えてきました。また、高台移転を前に、「新築する家にはボランティア宿泊用に、一部屋増やそうか」と検討している方もいます。若手の漁師の方も協力的ですし、『イマ、ココ プロジェクト。』が地元にしっかりと定着して欲しいと思っています。
また、受け入れ先も単に参加者と仕事を共にするだけでなく、参加ボランティアと酒を酌み交わしながら互いの夢を語り合ったり、獲れたての魚介類を使って魚のさばき方を教えながら交流したり、地域外の方が入ることによって、地元にも新しいコミュニケーションが生まれてきました。こうした個人や地域のあり方に少しずつ変化が生まれていることを嬉しく感じます。
今後の活動予定や抱負を聞かせてください。自分たちの活動を通じて、被災地や被災者へ、どんな“希望”を与えたいとお考えですか。
『イマ、ココ プロジェクト。』を通じて生まれるつながりは、深刻な人手不足に悩みながらも自身の生業を取り戻そうとしている漁師、そして地域の一助となってきました。また、参加するボランティアにとっても「漁村での生活体験」という非日常の時間の流れの中で、自然と向き合いながら受け入れ先の生業である漁師と共に汗をかき、学び、そして楽しむことは、かけがえのない財産となっています。
2年目を迎えるこのプロジェクトでは、地域を単純に震災前の姿に戻すのではなく、外から新たな風を吹き込む「風の人」と地元に根付いた「土の人」のつながりの中から、「あり方」や「価値」を具体的に創り出すことで新たな地域の風土づくりをしていくことに挑戦していたいと思っています。