復興支援助成金

民間クリニックを支援し、
「健康と希望」を届ける
ピープルズ・ホープ・ジャパン

Focus12

当財団は、被災地の復旧・復興支援活動を行うNPOや社会福祉協議会などへの助成金制度を実施しています。助成先の一つ、「ピープルズ・ホープ・ジャパン」の木村敏雄代表に、活動を始めたきっかけやこれまでの活動内容、今後の抱負などについて聞きました。

東日本大震災の被災地・被災者への復興活動を開始した理由、きっかけを教えてください。

1958年、アメリカのボストンに、軍艦を医療船に改造して世界中の被災地に医療支援を実施する団体『Project HOPE』が生まれました。私たちピープルズ・ホープ・ジャパンはこの団体の日本組織として1997年に発足しました。2006年には独自の活動も行っていくことを目的に連携関係は保持しつつ独立。タイやインドネシア、カンボジアなど東南アジアで、主に母親と子どもの健康を支えるため、医療物資の提供をはじめ、医療技術や病気予防の教育活動などを行ってきました。
国内での活動の可能性も模索していましたが、東日本大震災をきっかけに本格的な活動を開始しました。

これまでどんな活動をされてきたのですか。

震災当初は、避難所への医師団を派遣しました。またピープルズ・ホープ・ジャパンの賛助会員企業である日本ヒューレット・パッカード寄贈のパソコン320台、プリンタ105台や、H&M寄贈の衣類6万着など、支援物資を寄附しました。その後、中長期的視点に立った支援の必要性を強く感じ、私たちを長年にわたりサポートしてくださっている公益社団法人全日本病院協会と相談し、地域に密着した診療機関としてニーズが高いにもかかわらず、国や自治体からの支援が少ない民間クリニックに対し、連携して支援を開始しました。具体的には、被害の特に大きかった気仙沼市医師会所属の45施設を対象に、医療機器を寄贈しています。
三菱商事復興支援財団の助成金を活用して、昨年は気仙沼市の村岡外科クリニックに在宅医療のための車両と検眼鏡、超音波診断装置を寄贈しました。今年9月には、同じく気仙沼の森産婦人科医院へ、分娩台と手術台2台を寄附しました。森産婦人科医院は、地域の民間クリニックとして多くの女性患者や子どもを受け入れ、献身的に医療を提供してきた施設でしたが、津波で1階部分が浸水し、建物はかろうじて残ったものの高額な医療機器は損壊していました。その後、診療所復旧に向けて各方面から中古医療機器などの支援を受けながら、昨年8月に一部診療業務を再開していましたが、妊婦健診のみで、気仙沼市の産婦人科は同病院と気仙沼市立病院にしかないため、市民から機能の早期回復が強く望まれていました。今回の寄附は大変喜ばれています。

ご苦労されている点は?被災者の言葉などで、印象に残っていることは?

気仙沼地域では、地域医療を担う医師が慢性的に不足している一方、東日本大震災で気仙沼市医師会所属の45施設中、37施設が全壊あるいは半壊など壊滅的な被害を受けました。震災1年目に気仙沼市医師会を通じて、ニーズの調査をしたところ、必要とされる医療機器や什器の額は3億円を超え、いまだ復興・復旧に至っていないというのが実状です。
私たちの活動は微力ではありますが、復興支援活動の2年半の節目ということもあり、森産婦人科医院への分娩台の寄贈の際には、気仙沼市医師会から感謝状を頂戴しました。地道な活動を評価頂き、大変嬉しく感じました。

今後の活動予定や抱負を聞かせてください。自分たちの活動を通じて、被災地や被災者へ、どんな“希望”を与えたいとお考えですか。

気仙沼市医師会を通じてニーズを吸い上げる支援スキームは、現在のところ大変スムーズに機能していると感じています。気仙沼市医師会から継続支援の要望も頂いており、東日本大震災の支援財源が尽きるまでは、被災地支援を継続していく考えです。気仙沼市医師会から感謝状を頂いた際には、記念品も頂戴したのですが、その表装額には私たちの活動と支援地域に欠かせない「健康と希望」という言葉を入れて頂きました。今後も気仙沼市医師会と協力しながら、「健康と希望」を届ける支援活動を続けていきます。

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