産業復興・雇用創出支援
支援先紹介 | 株式会社ラポールヘア・グループ

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パリに本部を置く大手美容サロン『モッズ・ヘア』の日本での運営会社の役員を辞め、縁もゆかりもない東北の仙台と石巻に美容室を開いた起業家がいる。被災美容師に再び働く場を提供し、復興を支援しようというのだ。当財団の産業復興・雇用創出案件の「復興支援美容室事業」を展開するラポールヘア・グループの早瀬渉社長に、「被災者のための店をつくりたい」との思いから起業した、その美容室のこだわりの仕組みを訊いた。

事業創造なしに地域経済は復興しない

「『気持ちが前向きになってこれから頑張れるわ』と仰るお客様の笑顔を見ると、決断は正しかったな、と確信させられます。復興支援のための美容室を経営するようになり、今まで以上にお客様の笑顔を眩しく感じています」

こう話すのは(株)ラポールヘア・グループの早瀬渉社長(36)。早瀬は、昨年10月に石巻に第1号店をオープンしたのを皮切りに被災地に4店の美容室を開いた。

ラポールヘアの早瀬渉社長

「昨年3月11日の東日本大震災を機に、自分自身美容業界に携わって10年という節目の年だったこともあり、自分のこれからの仕事に対する価値観、社会における自分の存在意義、今自分にしかできないことは何か、を深く考えさせられました」

震災後、ボランティアは大勢被災地を訪れていたが、現地に根付くのはごくごく少数。中長期的な視野に立てば、仕事を生み、雇用を創り出さないと地域経済は復興せず、人の気持ちも変わらなければ、働く人の家族の気持ちも幸せに向かってはいかない。早瀬は復興を前進させるため、自分自身美容技術は持たないものの、これまでの経験で培った、店舗マネジメントやマーケティングのノウハウを持つ“美容室”を基点に事業創造しようと考え、起業を決断した。

「1号店は最大被災地とも言える石巻に開こうと決めました。美容室も、200~300店舗近くが流されたと言われています。1店舗あたり平均従業員数を2、3人とすると、最大900人もの雇用が失われるなど、とにかく被害は最大級でしたので」

石巻の『ラポールヘア』第1号店

早瀬の美容室の大きな特徴の一つは、美容師を正社員として雇わず、個人事業主として業務委託契約する点にある。日本の美容師免許保有者はおよそ100万人と言われている。そのうち実際に従事しているのはわずか40万人に過ぎない。実際問題、美容師免許を持っていたとしても、30歳を過ぎ子供を抱える多くの既婚女性は、朝から夜遅くまで店に拘束され、書き入れ時の土日・祝日も出勤するのは厳しい。家庭は女性が守るものという風潮があった日本の、特に地方においては、家庭と仕事を両立させるのは難しい面がある。しかし被災地では夫が職を失い、職を得て家計を支えなければならなくなった女性も少なくない。そこで正社員の立場が逆に足かせにならないように配慮したのだ。加えて、保育士が常駐し、お客様も従業員も無料で利用できるキッズルーム(=託児所)を併設した。ラポールヘアの求人募集は、新聞の折り込みチラシのみだが、美容師のみならず、保育士の応募も殺到したという。ラポールヘアで働く美容師の1人がこう明かす。

「子供を目の前で預かってもらえるのが、何よりも一番ありがたい。津波に遭った時、次の日まで子どもの安否がわからず、眠れない夜を過ごしました。あの時の、何とも言えない不安な気持ちは、もう二度と味わいたくない」

店内に併設されている『キッズルーム』

「心と心に橋を架ける」――店名に込めた思い

ただし託児所を併設するためには、40坪は必要だ。手探りで準備を始めた1号店の開設では、幸い地主との縁にも恵まれた。地主は自分も苦境ながら、早瀬の挑戦に賛同した。通常はテナント側が負担するケースの多い、貸し出すまでの工事費用を出してくれるなど、コスト面で好条件を認めてくれたのみならず、開店後すぐには、彼の妻まで大勢の友人を連れて早瀬の店に来た。

1号店の開店前には、予想もしていなかったことに行列ができた。髪をカットするだけでなく、情報交換の場として、また人恋しさから身近なコミュニティーとして訪れた人も多かったのだ。社名のラポールとは、フランス語で「心と心に橋を架ける」、「信頼関係を築く」の意。店名に込めた同じ思いを、被災地の多くの人たちが必要としていることを早瀬は実感した。仮設住宅から来店し、「同じ境遇の人と話したり、がんばって働いている姿を見ると、髪も気分も軽くなった気がします」などと、感謝の声をかけていくお客様も少なくないのだという。

今も1日平均30~40人、月1,000人が来客する。カット1,500円、シャンプー500円など、料金を低く抑えたことが受け、後続店舗も順調だ。別の美容師はこう話す。

「店は浸水し、シャンプー台も、顧客名簿も何もかも失い、途方に暮れていたところへ早瀬さんの美容室を紹介されました。避難する時、下積み時代にお金を貯めて買った大事なハサミだけは、とにかく濡らさないように気をつけた。常連客にも再会でき、8年間お店を構えてきたことが繋がって本当に良かったと思えました」

当面の早瀬の目標は、被災した沿岸部に直営店を10店舗構えることだ。

「美容師5人、保育士2人の計7名の体制で始めたが、今は1店舗12~13人が働いています。10店舗出店すれば、少なくとも100人以上の美容師に働いてもらえる。三菱商事復興支援財団の支援で資金の目処が立ちました」

今後の課題は、復興が予想より進まず、ボランティアが減ったり、被災地への関心が低くなる中、支援を長期的に継続し、復興の過程を全国に向けて発信して、災害の記憶を風化させないこと。

「地元復興のリーディングカンパニーを目指し、地方発信企業として会社を成長させていくと共に、次代を担う復興リーダーも育てていきたい」

早瀬の挑戦は、これからもまだまだ続く。

(敬称略)